しょう来のゆめ
けいざい学ぶ 4ねん〇くみ くれいん
大昔、清少納言はかの『枕草子』にて”夏は夜”と述べたが、この令和の時代になって動物はおろか虫どもまでそれを理解し始めたように思う。
勿論蝉のことを言っている。エアコンの故障ゆえに扇風機でその命を保とうとする私は、あまりの騒音に窓を開ける決断を下せずにいた。煩さか、暑さか。不可避のトレードオフに溜め息も出ない。頬を伝う汗が重力に導かれ、首筋を伝い、鎖骨の辺りで不快さを増幅させる。
冷蔵庫を開けて麦茶が入ったペットボトルを取り出す。シャワーでも浴びて待とうかとユニットバスの方に目を向けたが、どうせまた汗をかくのに、と思うとその気にはならなかった。ビーズクッションの脇のスマートフォンがくだらない通知で明滅して、ついでで表示された時刻が、この家の主の帰りが遅れていることを私に示す。
私が絵本で読書感想文を書いていた頃の夏の夜は、こんなに暑くもうるさくもなかったはずだ。持ってきたキャリーバッグから覗く夏期講習のテキストを視界に捉え、考える。
今思えば「夏休みの宿題」は色彩豊かだった。感想文、研究、絵日記、将来の夢について。そのどれもが「自由」を纏って子供たちの欲望を焚きつけようと励んでいた。その頃の私には、暑さを楽しめるだけの気概と余裕があったのかもしれない。はて、当時の将来の夢はなんだったか……
少なくとも、予備校の合宿と嘘をついて、交際する女教師の家に転がり込むことではなかったはずだ。
「ただいま」
耳元で囁かれ、丸めていた背をぞわりと快感が走る。意識外からの愕きが半分、普段の調教の成果が半分。
自ら振り返る必要もなく、肩と腰に回された腕が私の体を反転させる。ほんの少し目線が交差し、そのまま体重を預けられる。ゆっくりと膝の力を抜き、襲われているかのような体勢でソファに倒れこむ。疲れを感じさせるその身体の重み、外の熱気を孕んだスーツの触感、タバコのメンソールと、ほんの少しの汗の匂い。ゆらりと起こした上半身が私に影を落とし、当然のことのように唇が奪われる。ほんの一瞬で五感が全て支配される。
刹那のような永遠のような、どう表現しても陳腐になりそうな狂った数秒を経て、小さく吐いた息がキスの終わりを告げる。
「……おかえり」
「あつい」
「シャワー浴びなよ」
不快感を表明しておいて、私から離れる様子は無い。このまま二人で融けてしまわんばかりに汗が滲む。
「どうせする時汗かくのに」
あまりに直球な言い回しにどきりとする。それは少し前、自分も考えていたのだ、けれど。
「それともご飯やお風呂が先が良かったかな?」
「…………私、で」
「いい子だ」
汗が乾いて少し冷えたシャツの中に、腕が入り込んでくる。その温度はすぐに私の心臓に届いて————
というのが僕の夢です。よろしくお願いしました。
参考:https://twitter.com/63ryy/status/1118558023427825665?s=20