休職シリーズ第3弾。
院生時代のある時、勉強会の自分のターンでどうしても報告内容がひねり出せないことがあった。自分にしては珍しく、サボっていたというよりは単なる能力不足で引き起こした醜態だった。
これが教授への報告であれば、現在の方向性の再確認などコミュニケーションを取る意義は大きいのだが、研究室のメンバーの時間をもらって進捗ダメですはあまりに勿体がない。俺は午前3時に諦めてSlackを開くと、正直に進捗がなく報告をスキップしたい旨を予約送信で打ち込み……同じくSで始まる5文字の場所にアクセスし、STEINS;GATEを購入した。
この一件以来俺は、文章を読むという体験から得られる感傷が、その時自分を取り巻く環境によって大きく味わいを変えることに対して、それまで以上に自覚的になった。もちろんありとあらゆる体験と感覚について同じことが言えるわけだが、俺についてはフィクションの文章に触れることにおいて、特にその傾向が強かった。
誰にも邪魔されず自由で、なんというか救われてる状態で得たいチルさもあったし、締め切りや次の日の夜明けに背中を脅かされながら駆け抜けてこその読後感もある。休日を丸ごと捧げ、それに見合うだけのカタルシスが待ち受けていたならば、それはもう文字通り最高の一日だ。
しかしこの考え方は、社会人になって可処分時間を大きく失った俺を、小説やノベルゲームから強く遠ざけることになった。休日ですら次の労働に備えて回復を意識しながら暮らさなければならなくなった人間に、コンディションが整う夜など来るはずもない。たかが生きるために生きがいをいくつも失い、結局メンクリの世話になっているのだから、バカバカしいったらありゃしない。
夜なべして積みゲーをしばき倒すたびに、賃金労働者として生きることへの悲観が積み重なる。担当医には規則正しい寝起きと運動を勧められているのだから、これは全くもってその真逆、広義の自傷行為ということになるのかもしれない。
痛みが教えてくれたのは自分の魂の形、その輪郭だ。それが資本主義社会の枠組みには当てはまらないと改めて知った今、やはり諦念だけが俺の心を支配しつつある。
とはいえせっかくなので遊んだやつ列挙します。順番はプレイ順、紹介・布教とかする気力はないのでタイトルと感想ちょっと並べるだけ。クリア済みの人間にしか読ませたくない文章は文字反転にします。

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