はじめに
世は大オタク時代。コンテンツが多様化し、義務教育的な「誰もが視聴している作品」はめっきり減ってきた各界隈で、オタクたちは自らを揺さぶった「神」の存在を他の人に知ってもらうべく、「布教」に励んでいます。
しかし、自分もこの時代のオタクの一人としてコンテンツを布教したりされたりする中で、
完結した作品
私は君を泣かせたい(ヤングアニマルコミックス)
君の涙が、私の心を融かしていく―。他人に弱みを見せない優等生と、自分を隠さない不良少女。決して出会うことの ない2人を「涙」が繋ぐ。
「誰でも泣くだろこんなの…」
「そんなに泣くのアンタくらいよきっと」
トップバッターであるこの作品は、基本に忠実なガール・ミーツ・ガール と言っていいだろう。優等生の羊(よう)と不良のハナ、アクティブな部員は彼女たち二人しかいない「映画研究部」を中心に展開する、小規模で濃密な青春ストーリー。
感動したり、悲しかったり、涙という物は概して感情の発露だ。そして、クラスメイトが感情をあらわにしているというのは、高校生にそう何度も訪れる瞬間ではない。ジャンル問わず映画を見るたびに滂沱してしまうハナのその涙は、二人の間だけの秘密になっていく――。
大筋としては本記事で紹介する10作の中では少数派にあたる「非・恋愛漫画」だと言えるが、それ故百合のゆの字も知らない、という人から、自他ともに認めるような百合のクラスタまで、自信をもっておすすめできる一作だ。
星川銀座四丁目(まんがタイムKRコミックス/MFC)
とある事情により、先生・湊のもとで暮らすことになった少女・乙女。
性格も年齢も立場も違うふたりが過ごす、不器用だけど愛しい日々。
そんな彼女たちが一緒に暮らすことになったそのいきさつとは…!
「きっと大丈夫 先生と一緒なら」
成人誌に掲載された『少女セクト』を皮切りに、0年代の百合を牽引していた作家の一人と言って過言ではない玄鉄先生が、かつて存在した芳文社の百合レーベルとも言えるアンソロジー『つぼみ』にて連載していた作品。
さて、先生と生徒のおねロリ同棲と聞いた時、どういった関係を想像するだろうか?親子よりも固い絆?複雑な関係故のすれ違い?手を出すわけにはいかない葛藤?それとも一つ屋根の下でほんのり爛れたインモラル?この作品にはそれらのエッセンスが全て入っている。おねロリを求めるのなら、まずこの一作で間違いない。
そしてこの作品の本質は二人の成長を描く物語である。波乱も別れも経験する中で、彼女ら自身とその関係性がどのように変化していくのかを見守っていく。ガールズラブ作品の基本形ともいえるだろう。LikeにとどまらずLoveに踏み込んでいくような百合に初めて触れてみたい、と思っている人に是非おすすめしたい。
余談だが、芳文社から出版されたものと、その後角川から新装版として出版されたものがあり、前者は1~3巻、後者は上下巻なので注意。新品で手に入れるなら後者になるだろう。
さよならローズガーデン(BLADE COMICS pixiv)
時代の荊が苛むとしても、わたしはあなたを――。
1900年イギリス。愛が、家族が、社会が荊だった頃。
憧れの作家に師事するため渡英した九條華子。
拠り所のない彼女をメイドに雇った貴族令嬢アリス・ダグラスにはある思惑があった。
「私を殺して」
アリスの切なる願い、華子はその真意を探るが――。
「ただ私は…皆が生まれ持った属性で人生を決められたりしない時代が来ると信じたいんです」
レズビアンという性的指向を抱えるキャラクターをどう描写するか、という課題は百合において常に存在する。
俗な言い方を敢えて使うなら、「”ガチ”じゃない百合」に同性愛者が登場しないケースは多々ある。それでも、周囲の反応、社会の視線、悪気のないストレート。これらに対して女性を愛する女性がどう接するか、という社会的なテーマに正面から立ち向かう百合漫画が増えてきたように感じる。
ポリコレの波が創作物にもやってきている、と結論付けてしまうのは簡単なのだが、自分はむしろ表現の自由度が高まったのだと好意的に捉えている。キャラクターのセクシャリティは、安易に舞台装置にするのはいただけないが、腫物扱いするのも違うはずだ。
『さよならローズガーデン』において華子とアリスが囚われている荊の檻は、現代に生きる我々が想像するそれよりも遥かに堅牢である。彼女たちが抱える秘密は大きく致命的なものばかりで、互いを守りたいがばかりに孤立していく。ゆえに、それすら乗り越える愛を我々読者も信じずにはいられない。
美麗なイラスト、芯の通ったストーリー、余すところなく描写されるキャラクターと世界観。全てを高いクオリティーで揃えた、令和時代の百合漫画における教科書的作品といっていい。彼女たちの「さよなら」をぜひ見届けて欲しい。
三日月のカルテ(百合姫コミックス)
「あたしとセンセイは夜のデートを繰り返すの。
あの日、センセイが"理想の恋人になる"って言ってくれたから」
日光に当たることが許されない少女・明星橋透花と女医・月州有樹の
切なくも甘酸っぱい恋の物語。
「女の子に生まれたのに恋も出来ないなんて 生きている意味がないの!」
この作品の中に流れる空気感を言語化するのは難しい。ヒロインである明星橋透花が難しい境遇に置かれていることは一因である。
治る見込みの薄い難病を抱え、生への悲観と憧れの間で透花は揺れに揺れる。14歳の少女の等身大の姿として描写されるそのギャップは、可愛らしい絵柄とビターな設定の間にも見え隠れしているように感じてならない。
約束を交わし、夜の逢瀬を重ねる中で二人の関係と感情は恋人「役」とは言い難いものに変化していく。しかしそれは互いの人生を照らす太陽となるにはあまりにも淡く無力で、闇夜を懸命にまたたく月の光こそまさに相応しい。
基本べた甘な二人のやりとりを見ているはずなのに、どこか寂寥感が付きまとう。こういった感覚に浸れる作品はそう多くない。このしっとりとした読後感は、作内時間とと合わせて夜に味わうのがおすすめだ。
(ちなみにハッピーエンドと言っていい終わりを迎えるので、その点はご安心。)
とどのつまりの有頂天(YKコミックス/電撃コミックスNEXT?)
放課後はいつも1人…友達ゼロの美古都。そんな彼女が気になる、人気者のクールな蓮。
2人だけの静かな時間は破天荒4人組に壊されて…!?
告白してほしい、とか 好きになってほしい、とか もらうことばっかり考えてた
だから、今度はわたしが行動する番!!
命短し恋せよ乙女。随分と古びたフレーズだが、あらた伊里先生のハイテンポな百合を表現するには適切かもしれない。
各話各巻、女子高生たちが所狭しとその日常に全力投球する様は、いわゆる「きらら作品」のノリをよりハイテンポにした、というのが感覚としては近いだろう。*1そしてその全力投球は常に直球勝負。多少の緩急は勿論あるが、感情と関係性のジェットコースターとも言えるスピード感は、百合の世界ではなかなか珍しい。
かと言って、コメディやテンポに力を入れた結果、本筋の百合がおろそかになっている……というようなことは全くないのがこの作品の凄いところだ。完結というよりは掲載誌の移動に伴って一度区切りをつけた、という形で2巻で終了しているが、本当に2冊?と言いたくなるような充実したストーリーが楽しめる。
移籍先の『電撃大王』にて再スタートした『雨でも晴れでも』は今まさに連載中。ニコニコ静画など各種webサイトで読むことも出来るため、手を出すには今が最高のタイミングである。ストーリーやキャラクターの大筋に変更はないので、どちらを読んでも問題は無いし、勿論両方読んでもいいだろう。
安達としまむら(ガンガンコミックスONLINE/電撃文庫/電撃コミックスNEXT)
特別であるなら、変でも構わない。
大人っぽい容姿なのに、人との関わりに不器用な安達。栗色に髪を染めた、ちょっと天然気味のしまむら。二人は高校に入ってからの比較的浅い仲。お互いに知らないことは山ほどある。体育館の二階、二人で授業をサボる日常の中、その関係が少しだけ変わっていく──。
ただ、しまむらが友達という言葉を聞いて、私を最初に思い浮かべてほしい。ただ、それだけ。
果たして「3巻以内で完結して、手を出しやすい漫画作品」として『安達としまむら』を挙げることが正しいのかどうかわからない。というのも、原作は電撃文庫で8巻まで出版済みのライトノベルであり、そのコミカライズ(2作ある)の先発が3冊で完結しているというのが実際のところだからだ。
しかしアニメ化が発表され、原作者の入間人間先生は『やがて君になる』のスピンオフも手掛けている。今が一番手を出しやすいタイミングなのは間違いない。どのメディアに触れるかは自由という前提の上で紹介させてほしい。
タイトルにも表紙にも二人の少女がいるが、この作品の主人公は安達の方だ。実際は安達視点としまむら視点両方の章が存在し、比率で言えば後者の方が有意に多い。だが、主人公は安達だ。
百合に限った話ではないが、恋愛ストーリーというものは多くの場合人間讃歌であり、成長物語だ。本記事でもそういった作品を多く紹介している。だがこの作品において安達は成長しない。むしろ退化する。クールでミステリアスな黒髪少女が、いつの間にやら寝ても覚めてもしまむらの事しか考えていない。考えばかりが先走り、無限に空回りを続けるその姿は、誰が呼んだか童貞系女子。なんてこった。
しかし、毎打席毎球、フォームがめちゃくちゃのフルスイングを繰り返す安達を「まあいいか」と許容してしまうしまむら。彼女は怠惰や諦念に近い感情と認識している節もあったが、それを愛と言わずに何と言うのか。
全てをしまむらに捧げるのも厭わないと言わんばかりの安達の尖った愛情と、ありとあらゆる安達を赦してしまうしまむらの柔らかな愛情。この作品は単純な成長物語ではないが、その極大の愛のぶつかり合いは紛れもなくやはり人間讃歌なのだ。その愛の大きさに、胸を締め付けられること必至である。
連載中の作品
以下に挙げるのは今まさに話が紡がれている最中の作品です。紹介兼書評は手短にすると共に、webで閲覧が可能なものはリンクを掲載しておきます。
ささやくように恋を唄う(百合姫コミックス)
高校入学初日、新入生のひまりは新入生歓迎会で演奏したバンドのボーカル・依(より)に、ひとめぼれという名の憧れを抱く。
校舎で出逢った依にそのことを伝えるひまりだったが、まっすぐに気持ちを伝える彼女に、依はひとめぼれという名の恋心を抱いてしまい……
お互い好きだけど、どこか微妙にすれ違う、ひとめぼれから始まる恋物語。
私は依先輩が好き。でも、先輩の”好き”とは多分違う。
新勧ライブで代打として一回限りのボーカルを務めた先輩と、そんな先輩にひとめぼれした新入生。新入生のかわいらしい容姿と大胆な告白に先輩も惚れ、無事両思いで交際開始……とはならない。
主人公ひまりは、周囲が成長と共に「好き」を変質させていくことに苦悩する、端的に言えば、恋を知らない少女だった。依先輩はそんなひまりを恋に落とすべく、バンドとしての活動を本格的に開始する――
意味も重みも異なる「好き」が交錯する、一筋縄ではいかない、続きが気になるラブコメディ。巷ではガールズバンドコンテンツが流行っていることだし、こういった作品はいかがだろうか。
(pixivコミック:https://comic.pixiv.net/works/5758)
きみが死ぬまで恋をしたい(百合姫コミックス)
生きたいも、好きも、全部君が教えてくれた。
身寄りのない子供を戦争用の兵器として育てる学校に通う少女たち。人を殺すための授業、誰が死んでも悲しむことさえままならない日常。
自分の境遇を受け入れられずにいる14才のシーナはある夜、血まみれの小さな女の子・ミミと出会った――
平穏を願う怖がりなシーナと笑顔で戦争に向かう不死のミミ。死と隣り合う世界で2人の少女が見つけた、あどけない願いの物語。
あんな笑顔で人を殺しに行く気持ちなんて、一生分からなくていい。
死を当たり前のように受け止め、やり過ごし、そして敵にもたらす。そんな日常を受け止めきれない少女シーナと、幾度も前線に駆り出され死を振りまく秘密兵器ミミ。偶然か必然か、彼女たちは出会い、思いを交わし、過ごす「日常」の色が変わっていく。
敢えて中身について長々と述べることはしない。百合というジャンルに留まらない、とんでもない作品になる予感がする。必読。
(pixivコミック:https://comic.pixiv.net/works/5424)
不揃いの連理(角川コミックス)
振られても仕事。OL・田中伊織は失恋を癒やすため、行きつけのお店でやけ酒中。そして、酔った勢いで見た目がちょっと怖い顔見知りの店員・船頭 南と寝てしまう。失敗したと悔やむ伊織。でも南から「忘れたくない」と告げられて…?
だらしないけど世話やきな伊織と、優しいけど色々と事情が複雑な南。年齢も事情も環境もまったく違う2人に訪れた過ちスタートの女の子同士の恋愛模様。
ああ、私が欲しかったものはこんな単純だったんだ。
バチバチに開いたピアス、濃すぎるタトゥー、荒れた家庭環境、中指、煙草、バイオレンス、1話で主人公とヒロインが既に寝ている。最近の作品でありながら、オールドスクール*2な百合の香りを漂わせるのがこの作品の魅力だ。
Twitter連載発の作品ということで、1話は4ページで構成され展開はとてもハイペースである。こういった諸々を含め、当記事で挙げた作品の中ではやや人を選ぶ印象がある。逆に合う人は抜群に合うだろう。
百合漫画の性質を喩える表現として相応しいかは分からないが、飛び交う女の感情と矢印*3に9%のストロング系チューハイ缶のような味わいと中毒性を感じる一作。自分はかなり好きです。
余談だが、この作品は作者様によってほぼ全編pixivにまとめられてもいる。つまり無料で読める。しかし、最近爆発的に増えたSNS発の漫画が書籍化される流れを絶やさないためには、やはり買って読んで欲しいというのが本音でもある。連載中として挙げた4作全てに言えることだが、まずは無料公開に触れてみて、お気に召すようなら躊躇うことなくお金を落として欲しい。
(1話pixiv:https://www.pixiv.net/artworks/63381494)
一度だけでも、後悔してます。(電撃コミックスNEXT)
「私とセックスしてください」
失業して家賃が払えなくなってしまった主人公・小塚ちよ(24歳女子)に
大家さん(19歳未成年女子)が持ちかけたのは、
家賃を支払う代わりに"ご奉仕"するという契約だった――!
大家さんといきなり一夜の関係を持ってしまった
小塚は、そのままなし崩し的に彼女と同居することに。
カラダからはじまった女の子同士の人間関係は、どこへ向かう……!?
「…やっぱり…しなければよかった…
あんな形で……一度だけでも…」
トリを飾るのは、1話で主人公とヒロインが既に寝ている、という一般向け商業作品とは思えないロケットスタートを決めている作品。またか。
まったく別種とはいえ、それぞれが生きづらさを抱える二人が同居を始め、セックスから始まった関係なのに、一つ一つ段階をさかのぼるように心を交わしていく、コミュニケーションを丹念に描いた作品となっている。
あらすじの通りダメダメな大人である主人公が、不器用ながら「奉仕」を通じて年上として、まるで姉のようにと振舞う姿は、うっかり大家さんに感情移入してしまうほどいじらしい。
一夜の過ちとは言うものの、彼女らのソレは、どちらが、どうして後悔するようなことだったのか。先々月に1巻が発売されたばかりの物語を、是非追いかけよう。
(ニコニコ静画:https://seiga.nicovideo.jp/comic/42728)
おわりに
ブログで普段使いしている文体が百合の紹介と相性が悪いことに悩みつつ、考えに考え抜いて選んだ10作品を紹介しました。『次にくるマンガ大賞 2019』ノミネート作品が2つ入っていたり、どちらかといえばメジャーな作品が多く、「全部読んだことあるわ!」という猛者の方も少なからずいらっしゃるかもしれません。
逆に、百合漫画なんか読んだことない!というような人にこの記事にアクセスしていただいたかもしれません。ありがとうございます。どんな人に対しても、読めと強制するものではありません。ただ、読んで後悔はさせない10本になったと思います。
3冊以内という縛りを課してなお、紹介しきれず悔やんでいる作品もあります。レギュレーション外の長期連載にも、読んでもらいたい作品が沢山あります。ので、またこういった記事を書くかもしれません。次があればその時もぜひよろしくお願いします。
*1:同作者の『総合タワーリシチ』が『つぼみ』のweb版において掲載されていた作品であることを鑑みればあながち間違いでもあるまい
*2:体感で申し訳ないが、インモラル全部ぶち込んどけみたいな古き良き時代が百合には確かにあったし、あるいはインモラルのエッセンスとしてレズが使われていた時代も間違いなくあった
*3:人物相関図の矢印のこと