インターネットで妹(ネカマ)やってて姉(ネカマ)に会った時の話

 

 事実関係の記述に少しフェイクを混ぜる。

 感情については、お姉ちゃんに誓って嘘偽りはない。

 

 

邂逅

 5年前よりは前、10年前よりは後の話。大学受験の時期に突入し暇を持て余していた*1俺は、何の感慨もなくインターネットに耽っていて、既存コミュニティには受験勉強で浮上が減ると言った手前、全くもって新しいコンテンツに居場所を見出してそうとしていた。

 結果として辿り着いたそこは、まあ今思い返せば民度的にかなり終わってる界隈で、ただ都合が良かったのは、終わってる界隈だったので普段使いのアカウントを使うのは事実上厳禁、誰もがその界隈専用のアカウントを作成し、使用していたこと。俺は当時流行していたアニメの美少女キャラクターをアイコンにし、露骨ななりきりではなく雰囲気がキャラに似てるJKというすっげえキモい立ち位置で適当に振舞っていた。終わってる界隈に終わってるオタクがいてもいいだろうよ。全てはもう時効だ。

 実のところ俺にとってアングラ要素はおまけもおまけで、受験が終わればハナクソかなんかほじりながら後腐れなく居なかったことに出来ることが重要だった。と思う。今思えばそこの話題もそこにいた人間も9割9分は嫌いだったような気もする。

 問題は残りの1分の方で、界隈の話題とかそっちのけで俺と遊んでくれる女性がいた。類友もいいところで、その女性の中身が男であることは数日のうちに察しがついた。向こうもそれをわかっていたし、よくいる女の子のガワを被ったよくいるオタクが気持ちよくなれるように、お互いの発想と趣味、そして何よりロールプレイが噛み合った。

 俺は彼をお姉ちゃんと呼んだ。彼は俺を妹として可愛がってくれた。年上なのはフェイクではなさそうだったし、事実そうだった。晴れてインターネット・スール*2となった俺たちは、終わってる仮面舞踏会を二人で抜け出した。

 

 「半匿名コミュニティで会ったネカマ同士で仲良くなりました」程度の話が長くなってしまった。そしてこの記事はタイトル通り、彼とオフ会をすることになって、その後どうなったかの話だ。

 

 

経緯

 その後俺は大学受験をして、それなりの志望度のところに一つだけ受かる。高校3年の夏をネカマに費やす人間に浪人する根性があるわけはないので、そのまま進学することにした。

 件のアカウントは予定通り爆破した。姉とはもうお互い普段使いのアカウントでやりとりするようになっていた。普段使いなのだから、お互いもう基礎人格が男性であることは一切隠していない。しかし慣れてしまったから、今更戻すのは恥ずかしいから、単にその方が気持ちいいから、理由は色々あるけれど俺たちは姉妹のままだった。

 雑談、今期の萌えアニメTRPG*3のお誘い。普通のオタクとするような普通の内容のコミュニケーションを、狂った形式で続ける日々。思い返せば作文作法を初めて教えてくれたのも彼で、今の俺のブログやその他諸々の文章、その基盤作りには必ず姉の影響がある。

 TRPG?そうだ。当時まだDiscordよりもSkypeが主流で、姉の肉声を聞く機会は割とあっさり訪れる。思ったよりとても低くて、しっかりした声だった。多分向こうもそう思ったはずだ。何故ならそれは一般的な男性の声域との比較ではない。

 俺たちは出会いが異常だったゆえに、嘘だと知ったうえでお互いを姉妹と思っていた。そして姉妹として仲良くなったから、自然と素性に近づいていって、そこには当然普通の男オタクしかいない。

 誰が悪いわけでも無い。いや本当は俺がめちゃくちゃ悪いのかもしれない。いずれにせよ、そこにはギャップと歪みがあって、違和感はありつつも仲のいいオタクなのは間違いないので付き合いは続く。

 そんな関係が続いて数ヶ月。暇で暇で仕方ない初めての大学生の夏休みがやってきて、自然と彼とオフ会をする流れになる。

 予感があった。顔まで見たら、もう俺たちは姉妹ではいられない。そらそうだ。限度ってもんがある。誘ってくれたのは向こうで、比較的フットワークに自由が利く俺が姉の地元に出向くことになった。いずれ来る限界をなあなあにすべきではない。今思い返せば、姉は普段からそういう割り切った思考を持つタイプの人だった。

 そもそもの趣味が合うのだ。肉声を聞いて、男オタク同士としての場でもそれなりに仲良くやれていた。だが、妹として出会ってしまい、俺の中の彼はどうしても姉だった。第一声で、何を言おう。まったく可愛くない妹を見て、姉はどう思うだろう。荷物と不安を抱えて始発の新幹線に乗る。

 うごくメモ帳から2ちゃんねるまで、両手の指で足りないほどのオフ会に参加してきたが、この回が一番怖かったと断言できる。自分を偽っていたのは、この時以外にない。

 

 

当日

 新幹線の駅前に車を止めて待っていた姉は、短髪で、清潔感のある、オタクにしてはちょっとイカツい感じの兄ちゃんだった。声からイメージできるビジュアルとしてはかなり精度が高く、すんなり合流出来たことを覚えている。それなりに年の差があった姉は俺を助手席に乗せ、慣れた運転で地元の観光地や飯屋に連れて行ってくれた。

 話は……文字でしている時ほどは盛り上がらなかった。でも初対面のタイマンオフ会としては大体平均的に弾んだ。お勧めの同人CDを持ってきて車内で流したり、アニメ化しそうなきらら掲載タイトルの話をしたりした。顔を合わせてなお女言葉を口にするのは難しく、それでも時たま二人称で茶化すようにお姉ちゃんと呼んだりして、意外とお互い気まずくはならなかった。悪くなかった。

 何かズレたなと思ったのは水族館に行ったときだ。水族館自体はかなり良かった。入る前に、駐車場案内か警備員か……とにかくバイトの男性が話しかけてきた。まあ明らかに血縁はなさそうな男が二人で水族館、興味を持つのは仕方がなかったかもしれない。

 男性は来館の経緯を聞いてきて、姉が姉妹事情やインターネットのめんどくさいところを上手いこと伏せつつ、地元民と大学の休みで遊びに来た観光客であることを告げる。すると向こうの興味は観光客──俺の方に移り、どこの大学か、どんな学部だ、奨学金はどうだ、などと話を掘り下げてきた。ファック・オフ。こういう状況ではぐらかすのも難しい話で、俺は正直に会話を続けつつも、気分は良くなかった。単純にデリカシーの無い人間だと思ったし、何より、俺が「妹」ではないことが、姉のすぐそばで次々と明らかになっていくのが嫌だった。

 俺は、可愛く、教えがいのある、今をときめきながら生きるJK妹キャラだった。そう振舞うのが楽しかったし、そうしていたらジャストフィットする姉が見つかった。決して、ダサくて、暇を持て余し、ボンボン御用達の私大に惰性で通う、カスのオタクであることなど、知られたくはなかった。

 姉の温度が下がったのが分かった。自分で書いていてもよくわからない文章だが、とにかくその時、姉の、姉たる温度が下がった。それを肌で感じたのをよく覚えている。あるいは、俺が一人で勝手に妹でなくなったのかもしれない。

 

 距離的に日帰りはかなり難しく、一泊二日の行軍予定を組んでいたので、予約していたホテルに泊まった。普通のビジネスホテル。ツイン。当たり前だろ? 俺たちはイカれたインターネットネカマ姉妹だったかもしれないが、結局リアルとの区別はついていた。

 シャワーを浴び、ベッドに入り、さあ明日に備えて寝るかとなったところで、姉はひどく申し訳なさそうな顔で「ここまでお膳立てしてもやっぱり性的には見れないね」と言った。そらそうだ。ギャグとしてはめちゃくちゃ面白い。でもそれは、インターネットで男子高校生を甘やかすことを楽しんでいた大人の、心の底からの謝罪と懺悔だとわかったから、俺は曖昧に「そうだね」とか言ったと思う。

 サイドテーブルに備え付けられていたメモ帳に、本名を書いた。俺が先だったか、姉が先だったか、その記憶すらあやふやだ。名字にまつわるあるあるや、親の名付けの意図なんかを少し話した。

 ハンドルネームすらバレちゃいけないアングラな界隈で出会った俺たちが、本名を握らせあった瞬間。性感帯よりよほどナーバスな部分に触れ合う、世間話みたいなコミュニケーション。

 それを最後に俺たちは、姉妹じゃなくなった。

 

 

帰郷

 二日目は終始微妙な空気感だった。それでも普通に会話は交わして、観光地を巡る。お土産を買ったりなんかもして、行きより増えた荷物を抱えて駅で別れた。

 漫画を結構な量借りて、あんまり読まずに中身を増やして郵送で返した。それ以来、彼と言葉を交わしたことは無い。アカウントも知らないし、探そうとしたことも無い。

 

 後悔はある。最初から単に同好の士として本垢で知り合っていたら、今も良い友人のままだったんじゃないか、と。確かめるすべはなくとも、そう思うことがたまにある。

 それなりに仲良く、嘘を嘘と見抜けている相手とすら、ネカマから始まってしまえば円満に関係を続けていくことは出来なかった。当たり前だろうと笑える人は、どうかそのままでいてほしい。

 綺麗に終われないものが世の中には結構ある。クリアの概念がないソーシャルゲームやオンラインゲームは、一生続けるか飽きて捨てるかサ終かの三択しかない。人間関係もそうかもしれない。熱中度合いの乱高下はありうるし、続けるためにはエネルギーも要る。それ以上にとにかく、嘘がスタート地点じゃ極端に難しかったのかもしれない。

 

 教訓的な結論を書きたくはなかった、彼のことを姉と慕っていたあの頃を、過ちだとは全く思わないし、思いたくない。それでも、ノスタルジーに浸ったまま筆を置くわけにはいかなくて、この告解はこんなにも半端なまま終わる。

 

 

*1:意味が分からないかもしれないが、学校の拘束時間が減り、一方遊び惚ける程の度胸は無いので、結果として暇になる

*2:フランス語で姉妹。百合の用語では血縁関係を問わない疑似姉妹の事

*3:普段のコミュニケーションがRPな俺たちにとっては最高の娯楽だった